両親は子どものころに離婚、家庭内暴力は日常茶飯事、ドラッグ依存症で命を落とす人も少なくない──こんな典型的な貧困社会で育った『ヒルビリー・エレジー』の著者の名前は、J.D.ヴァンス。31歳。底辺社会から抜け出すのがむずかしいなか、ヴァンスは自らの努力と行動で、いまやトップ1%の成功者です。
しかし、今回ご紹介する『ヒルビリー・エレジー』は単なる成功者の物語ではありません。ヴァンスが描くのは、救いようのない暗い貧困社会ですが、一見して希望の光など見出せないと思われる環境でも、だれかに優しくされた幸せの記憶は、現状を打ち破る力になると力強いメッセージを発信しています。
トランプ大統領の強い支持基盤として脚光を浴びたヴァンスの故郷の物語『ヒルビリー・エレジー』をぜひご堪能ください。知的好奇心を満たしてくれるだけでなく、よく生きるためのヒントも与えてくれる珠玉の一冊です。
『ヒルビリー・エレジー』の書評やあらすじとともに映画化やted出演で作者も話題になった点も見逃せません。
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ヒルビリー・エレジーのあらすじ
まず『ヒルビリー・エレジー』のあらすじです。
ヴァンスは、オハイオ州の鉄鋼業の町で育ちました。そこは、「ラストベルト(さびついた工業地帯)」と呼ばれる一帯にあり、貧困や離婚、家庭内暴力、薬物依存症が日常的な場所で、大学を卒業せずに労働者階級で働く白人アメリカ人の社会です。彼らは「ヒルビリー(田舎者)」「レッドネック(首すじが赤く日焼けした白人労働者)」「ホワイト・トラッシュ(白いゴミ)」と呼ばれています。
両親はヴァンスが幼いときに離婚し、ドラッグ依存症の母親が次々と父親がわりの男たちを連れてくるような家庭でしたが、最高の存在だった祖父母から愛と平穏の素晴らしさを教えられたヴァンスは、心からよい人生を送りたいと思うようになります。そのために大学進学を考えたヴァンスでしたが、高校の成績がドロップアウト寸前だったため自分に自信がもてず、いとこの勧めでいったん海兵隊に入隊します。
海兵隊にいた4年間に自信をつけたヴァンスは、SAT(大学進学適性試験)で高得点をとり、オハイオ州立大学に入学します。在学中にオハイオ州議会のアルバイトなどで収入を得ながら卒業した後は、イェール大学ロースクールへと進学し、卒業後は裁判所の書記官として、彼にとって「考えうるかぎり最高の職場」でキャリアをスタートさせることができたのです。
アメリカの貧困社会の実態を描いたヒルビリー・エレジーの書評
次に『ヒルビリー・エレジー』の書評ですが、この本はいくつかの視点から読むことができる良書です。
たとえば、社会政策の観点からは、単に金銭的援助をするだけでは不十分であり、そこには解決すべき根深い問題が横たわっていることがわかります。
本来なら働かなければならない年齢にもかかわらず働かない。仕事に就いても平気で遅刻したりさぼったりしてクビになる。その理由を何かのせいにする。表面的には社会の役に立たない困った人たちに見えますが、彼らが生まれ育つのは、両親の離婚により不安定な生活と極度のストレスを子どもに強いる貧困社会であり、家庭内暴力と薬物依存症が蔓延する混沌とした社会であり、生まれもった才能がなければ未来に一縷の希望すら抱けない社会なのです。
ある経済学者チームの研究によると、アメリカの貧困家庭で育った子どもが実力社会で成功する確率は極めて低いという結果が出ており、そこには母子・父子家庭や収入格差による地理的な偏りがあるということです。片親で熱心に自分の面倒を見てくれる人がなく、地域全体が暴力やドラッグ、早すぎる出産などで満たされた環境では、自分の将来に希望をもつことはむずかしいでしょう。
また、ヴァンスの生き方から学ぶことができるのは、自分の未来をどのように描くかによって、自分の人生は違ってくるということです。
ヴァンスは「向こう側の世界」つまり、ヒルビリーとは別の世界に抜け出すことができました。そのことについて、彼は次のように語っています。
生活を向上させたいのなら、よい選択をするしかない。そのためには、自分自身に厳しい批判の目を向けざるを得ない環境に身を置く必要がある。(書籍から引用)
現状から抜け出すことは簡単ではありません。彼が乗り越えたであろう大変な苦労は察して余りありますが、彼の言葉は読者であるわたしたちに勇気と未来を信じる希望を与えてくれます。
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映画化やted出演で作者も話題に
作者のJ.D.ヴァンスは、tedにも出演し話題となりました。
タイトルは『アメリカの「忘れられた労働者階級」の葛藤』です。
作者自身が語る言葉には現実の重みが感じられます。
また、『ヒルビリー・エレジー』には映画化の予定があり、ロン・ハワードが監督とプロデューサーを務めることになっています。
2017年4月の時点では脚本家や出演陣、公開予定日は未定。
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